田中正人のアドベンチャーレース人生!嫁や子供、成績、収入は?
早朝ですが、どなたでも参加できます。参加費不要。予約不要。#アドベンチャーレース pic.twitter.com/w5XBN1Q5Yl
— Mgr. Team EAST WIND (@eastwind_mgr) 2017年4月1日
田中正人さんは、世界で最も過酷と言われている「アドベンチャーレース」に人生を賭けた男性です。
アドベンチャーレースとは、山・川・海などの大自然を舞台に繰り広げられるレースであり、例えば、総距離600kmを男女混合の4人1組でゴールを目指すという内容になっています。
スタートからゴールまで数日掛かり、その間、タイムは止まりません。
田中正人さんは、2017年3月時点で、この過酷なアドベンチャーレースに22年チャレンジし続けているのです。
それだけでも驚きなのですが、2017年3月16日・23日放送のTBS系列「クレイジージャーニー」に出演した田中正人さんを観て、その人間性について注目が集まりました。
田中正人ってどんな人?
田中正人さんのプロフィールは、次のとおりです。
【名前】 田中正人(たなかまさと)
【生年月日】 1967年12月2日
【出身地】 埼玉県
【血液型】 B型
【身長】 178cm
【体重】 67kg
【趣味】 アドベンチャーレース
【最終学歴】 国立東京高専・工業化学科卒業
【事務所】 イーストウインドプロダクション
田中正人さんは、学生時代からオリエンテーリングの選手として山野を走り回っていました。
そして、国立東京高専・工業化学科を卒業して大内新興化学に就職した後も、オリエンテーリングを続けていたのですが、そこで人生の転機が訪れます。
1993年に「日本山岳耐久レース(ハセツネカップ)」で優勝したのです。
その結果、「レイド・ゴロワーズ」というアドベンチャーレースに挑戦する間寛平チームに誘われました。
このレースへの参加を機に、すっかりアドベンチャーレースの世界に魅せられた田中正人さんは、8年間勤めていた会社を辞め、プロのアドベンチャーレーサーになり、1996年にTeam EAST WIND(イーストウインド)を結成して現在に至ります。
田中正人の嫁や子供、成績、収入
田中正人さんは、1997年の「レイドゴロアーズ・南アフリカ大会」に同行した通訳の竹内靖恵さんと2001年に結婚しました。
結婚の挨拶に行った際、竹内靖恵さんの父親からかなり心配されたそうですが、それでも何とか許しを得て結婚し、今は女の子が生まれています。
しかし、アドベンチャーレースに転向して間もなくの結婚だったので、当時はかなりの極貧生活だったそうです。
それでも、妻の協力を得て普通の生活ができるようになりました。
海外では、優勝賞金数百万円から数千万円という大会もありますが、アドベンチャーレースが普及していない日本の大会では微々たるものです。
賞金から経費を差し引くと手元に残る金額はさらに少なくなり、メンバーも複数ということで、相当な覚悟がないとできない職業と言っていいでしょう。
田中正人さんの成績は、海外レースでは準優勝止まりであり、講演やラフティングのガイドで生計を立てています。
田中正人、間寛平を怒らせる
内向な性格で人付き合いが苦手だった田中正人さんにとって、研究職は天職でした。
しかし、そんな自分を変えることとアドベンチャーレースへの興味で仕事を辞めました。
それにもかかわらず、「レイド・ゴロワーズ」で自分の思い通りにしようと命令し続けた結果、間寛平さんに「俺にいちいち命令するな」と激怒されています。
普段温厚な間寛平さんを怒らせたということで、「過酷な環境のせいかな?」と思うでしょうが、「クレイジージャーニー」を観て田中正人さんの性格に問題があることが分かりました。
「着用を義務付けられている」「ビブを失くしたのに探さない」「仲間の女性が自転車で転倒して苦しんでいるのに、レース重視の発言をする」というように、思いやりや協調性がないのです。
田中正人さん自身も大怪我を負ったことがありますが、失神しなければ続けるという信念でアドベンチャーレースに挑んでいます。
ただし、この考えが受け入れられない場合も多々あるのです。
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