SMA・平井精一のプロフィール!バイきんぐ、錦鯉、人気芸人の生みの親
2022年2月28日放送のテレビ朝日系列『激レアさんを連れてきた。』のゲストは、大手芸能事務所『ソニー』内に「SMA NEET Project」というお笑い部門をコッソリ作り、バイきんぐ、ハリウッドザコシショウさん、アキラ100%さん、錦鯉など、多くの人気芸人を生み出した平井精一(ヒライセイイチ)さんです。
お笑い番組を観る人は、「SMA」「SMA NEET Project」というワードを聞いたことがあると思います。
これは、ソニー・ミュージックアーティスツ内にあるお笑い部門のことで、現在、多くの人気お笑い芸人が在籍中です。
音楽事務所大手だったソニーにお笑い部門を作り、人気芸人を輩出し続けている平井精一さんの素顔に迫ります。
平井精一ってどんな人?
平井精一さんのプロフィールは、次のとおりです。
【名前】 平井精一(ひらいせいいち)
【生年月日】 ※非公表
【出身地】 ※非公表
【職業】 『SMA』の会社員
平井精一さんは大手芸能事務所『SMA』で働いていますが、一般人なので、年齢や出身地、出身高校、出身大学などの詳しい情報を公表していません。
かつては大手芸能事務所『渡辺プロダクション』に所属してホンジャマカやTIM、ふかわりょうさんなどを担当していましたが、1998年に大手芸能事務所『SMA』に移籍し、2004年にお笑い部門「SMA NEET Project」を立ち上げました。
『SMA』所属のお笑い芸人が大活躍したことで、その実績を認められて表舞台で取り上げられる存在に至っています。
平井精一がお笑い部門『SMA NEET Project』を立ち上げて大成功した経緯
大手芸能事務所『渡辺プロダクション』に在籍し、敏腕マネージャーとして人気お笑い芸人を支えていた平井精一さんですが、30代で「音楽の仕事に携わりたい!」と思い、1998年に大手音楽事務所である『SMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)』に転職しました。
その後、希望通りに音楽の宣伝の仕事などをしていましたが、2002年にSMAが俳優や文化人が所属していた『SMS(旧ソニー・ミュージックスターズ)』を吸収合併して総合芸能事務所になったことで、人生が大きく動き出します。
もう一度お笑いに携わりたくなった平井精一さんは、「30代の人間は好きなことをやれ!」という流れに乗り、2004年11月、部長に「お笑いを始めませんか?」と声を掛けたのです。
しかし、吉本興業や松竹芸能など、すでに多くの芸能事務所がお笑い芸人に力を入れており、簡単には行きません。
当然、部長にも相手をしてもらえず、「やりたければ勝手にどうぞ」という感じでした。
そんな状況でも、平井精一さんは2004年12月1日にSMA内にお笑い部門『SMA NEET Project』を立ち上げます。
少数精鋭では勝負にならないと判断し、「芸人募集」と書き込んだチラシを他のお笑いライブで配り、吉本興業、松竹芸能、渡辺プロダクション、太田プロなど大手芸能事務所でくすぶっているお笑い芸人を集め、「来る者は拒まず、去る者は追わず」の理念のもとに全員受け入れました。
その結果、「芸人の墓場」と呼ばれることに。
それでも、平井精一さんは自分の信念を貫き通した結果、バイきんぐ『キングオブコント2012』優勝、ハリウッドザコシショウさん『R-1ぐらんぷり2016』優勝、アキラ100%さん『R-1ぐらんぷり2017』優勝、錦鯉『M-1グランプリ2021』優勝、というように日本を代表するお笑いのショーレースで所属芸人が優勝し、野田ちゃんや元自衛官芸人・やす子さんが『おもしろ荘』で活躍するようになりました。
ちなみに、作家にダメ出しされて「辞めたい!」と言い出したコウメ太夫さんを引き止め、他の作家に変えてブレイクさせたのは平井精一さんで、唯一「去る者は追わず」の理念を破った例です。
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